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モーツァルト『魔笛』と暗殺説(フリーメイソン・イルミナティとの関係) 悪魔教儀式を「魔笛」で暴露したために殺された?

 

 モーツァルト魔笛』と暗殺説の謎(フリーメイソンイルミナティ・日本との関係) 
https://www.youtube.com/watch?v=kSu95-RrVHg

 モーツアルトイルミナティの秘密の悪魔教儀式を「魔笛」で暴露したために殺された。 

モーツアルトイルミナティのメンバーでした。

ハイドンイルミナティに誘い入会させたのもモーツアルトですね。

モーツアルトは政治に関心が強く、ヨーロッパの固定された身分制度を揶揄する「フィガロの結婚」を作っています。

これは平民である使用人が貴族の雇い主を騙すという内容で当時のヨーロッパではかなりタブーな内容だったのです。

フランスでは上映禁止にまでなっています。

その後モーツアルトは最高傑作「魔笛」を作りますが、そこではイルミナティの悪魔教の秘密儀式を暴露していました。

しかしイルミナティの悪魔教の秘密儀式を暴露してしまったモーツアルト魔笛を作ったあとすぐにイルミナティに殺されてしまうことになるのです。

ちなみにモーツアルトと同じくイルミナティでCIAのエージェントだった映画監督のスタンリー・キューブリックもアイズワイドシャットでイルミナティの悪魔教の秘密儀式を暴露したために映画を作った3日後にイルミナティに殺されています。
https://daiwaryu1121.com/post-27407/

 


 

 


 

 


 

 

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豆知識「フリーメイソン
フリーメイソン」とは、ある種の「友愛結社」と言われています。先生は詳しくないので多くを語ることができません。しかしこのオペラは、よく「3」という数字にかけて、「フリーメイソンの影響を受けている」と言われます。侍女や童子は3人ずつ、序曲の調号はフラット3つ、などなど。しかし、我々日本人にとってフリーメイソンはあまり馴染みのないものです。皆さんは「魔笛」と「フリーメイソン」のことをあまり意識せずに鑑賞されることをお勧めします。「魔笛」はよく知っているので、新しいことを知りたいという方は、このオペラとフリーメイソンについて調べてみると、隠れた意味が分かるかもしれません。
https://www.suac.ac.jp/opera/blog/2021/08/00067/

モーツァルトのオペラ《魔笛》の台本と音楽に関する一考察 : フリーメーソン思想とモーツァルトの理想 <研究ノート>
https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/00031565

モーツアルトフリーメイソンの会員であったことが知られています。

モーツアルトは1784年、28歳の時にフリーメイソンに入会しました。
ですが、すでに11歳の時にフリーメイソンとかかわっていて、「歓喜に寄す」という曲を作曲しています。

モーツアルトは、生まれ育ったザルツブルク時代にフリーメイソンを取り締まったローマ教皇の次に偉い大司教のもとで宮廷音楽家として働いていましたが、大司教と馬が合わず、ウィーンに移りました。

ローマ教皇と合わなかったのもうなずけます。

オペラ「魔笛」の神殿はフリーメイソンのロッジ ザラストロは主宰者

https://classic.magazine7.net/mozart-freemasonry/

魔笛」は、間違いなくモーツァルトの最高傑作の一つだ。モーツァルトの中では、3大交響曲と並んで、後世に与えた影響が最も大きく、これがなければウェーバーワーグナーに繋がるドイツ音楽の歴史はまた違ったものになったのではないかというような礎を築いた作品だ。しかし、このモーツァルト最後の年の、完成されたほとんど最後の作品は、高度に純化された音楽がモーツァルトの音楽の最高峰に位置することは間違いないにしても、作品全体としてはよく分からないのだ。

魔笛」は、フリーメイソンの世界を描いているという人がいる。しかし商業劇場で上演されたこのオペラは、商業的に成功することが必要だった。いったい「魔笛」の観客の何人が女人禁制で秘密結社のようなフリーメイソンに関心があったろう。ほとんどの人が、ヨーロッパを震撼させたフランス革命の方に関心があったはずだ。だとすれば、モーツァルトの作曲家としての関心もそこにあったと考えるのが自然だ。
魔笛」がフリーメイソンの世界に酷似しているのは、「自由、平等、友愛」を掲げたフランス革命の思想が、フリーメイソンの思想とそのまま重なるからだ。モーツァルトフリーメイソンの会員だったが、それはむしろこの作品に借用されたというのに近いと思う。当時のオーストリアの状況からして、フランス革命そのものを描くことは出来ないのだ。そこにこの作品が寓話という形をとっていることの最大の理由がある。

モーツァルトは晩年、ウィーンの貴族社会(地主階級)を徹底的に嫌うようになり、両者は反目する関係にあった。フリーメイソンは、このオペラの舞台でもあるエジプトを起源とするとも言われ、石大工に広まった。石大工は、エジプトでピラミッドを作り、ヨーロッパで石の建物と街並みを作った人たちだ。芸術性を併せ持ち、職人の中では別格だった。当時のヨーロッパの知識人の間に広まっていた点は、フランス啓蒙思想と同じだ。
モーツァルトにとってみれば、フリーメイソンフランス革命も同じだったろう。フリーメイソンフランス革命を支持していた。モーツァルトフリーメイソンを通じて、啓蒙思想の洗礼を受けていたと言ってもよい。
魔笛」序曲は、フリーメイソン的な変ホ長調の三和音で始まる。フリーメイソンフランス革命と考えれば、これはフランス革命とそれを支えた啓蒙思想を示唆する。それに続くのは遁走曲だ。でも、誰が何から逃げているのか。劇中で「逃げる」のは、タミーノが大蛇から逃げること、そしてパミーナがザラストロの宮殿から逃げることがあげられる。しかし当時の聴衆が革命劇を期待して来ていたとしたら、これは当時最も生々しく彼らの記憶にあったことを想起させただろう。それはフェルセンに導かれたマリー・アントワネットの国外逃亡だ。当時の聴衆にとってこのリズムは、慌ただしく逃走する馬車の車輪の音に聞こえたのではないだろうか。そうするとこの曲は、逃げ惑う旧態依然とした王朝とそこに立ちはだかる啓蒙思想の2項対立を描いていたことになる。こう解釈して初めて、パミーナのザラストロに会った時の、「私はあなたのお力から逃げようとしたのです」という台詞の意味が分かる。
https://blog.goo.ne.jp/mozart_kozo/e/8381cbfb84bf0cfcc7df2028ba2463f8

魔笛」の中に、モーツアルトは、フリーメーソンの重要な数字や、これに対応する音符を用いており、こうして作品に盛り込まれた 「秘密のメッセージ」 が、大きな手がかりを与えています。

タミーノは、目的に達するため、自己を認識し、抑制しなければならず、彼は試練を通して 「修行の旅」 に出ているのです。その際、重要な美徳は、沈黙、人間性、友愛であり、これはフリーメーソンが標榜した美徳と同じものであります。

フリーメーソンでは、3と言う数字は重要で、その数字は魔力を持つとされ、フリーメーソンの燭台も、3本の枝を有します。牧神のような 「賢明なる愚者」 パパゲーノや、 「夜の女王」 の娘 パミーナにも、モーツアルトは魔術的世界のシンボルを盛り込んでいます。

「私は苦悩するために選ばれた」 という一節は、 「アジアの兄弟」 との結びつきを示唆しているものであります。

フリーメーソンのロッジ参入儀礼

フリーメーソンのロッジに行かれたことのある人なら分かると思いますが、現代でもこれと全く同じ問答が、参入儀礼として行われています。

https://freem666.com/archives/61.html

 

作曲者のモーツァルトおよ
び台本作者のシカネーダー(Emanuel Schikaneder,1751-1812)웋がフリーメイソンであり,しか
モーツァルト自身が熱心にロッジに参加していたこともあり,この作品はしばしばフリーメイ
ソンリーの儀礼と結び付けられてきた워。ドイツ古代自由公認メイソン(A.F.u.A.M. von Deutsch-
land)のグランド・マスターを務めたオーバーハイデは講演で『魔笛』とフリーメイソンリーとの
共通点をいくつか指摘している웍。フリーメイソンが光を求めるものであること,「彼は一人の人間
だ」というザラストロの発言に見られる平等思想,儀礼の中での方角の意味,金属の剥奪,四大
元素などである。もちろん『魔笛』はこうしたフリーメイソンリー一般との共通要素を持ちなが
らも,作品が上演された 18世紀ウィーンのフリーメイソンリー,それもモーツァルトが属してい
たロッジに個別的な事情も作品に大きな影響を及ぼしている。シャイエは,各ロッジに固有の問
題は高位階に関わる問題であり,『魔笛』解釈に必要なのは各儀礼システムに共通の基本三位階の
シンボルであるとしている웎。たしかに当時様々な流派のあった高位階を問題にする必要はないの
かもしれないが,儀礼に登場するエジプトのイメージを理解する上では,ウィーンのフリーメイ
ソンリーの状況を無視するわけにはいかない。同じフリーメイソンリーといっても均質な団体で
はなく,錬金術的傾向が強い黄金薔薇十字団(Orden der Gold-und Rosenkreuzer)の影響下に
あるロッジと啓蒙の理念で道徳教育を促進しようとするイルミナーティの結社(Illuminatenor-
den)の影響下にあるロッジでは,その精神的態度は対極にあるといってよかろう。
魔笛』との関連で考慮しなくてはならないのは,イルミナーティ系のロッジである웏。その代表
格はロッジ「真の団結」(Zur wahren Eintracht)であり,ウィーンのイルミナーティの中心人物
であるボルン(Ignaz von Born, 1743-91)らが参加していた。また,モーツァルトは 1783年に
フリーメイソンリーに加入しているのだが,彼が加入したロッジ「慈善」(Zur Wohlta썥tigkeit)
は 1783年にイルミナーティの影響下でロッジ「戴冠した希望」(Zur gekro썥nten Hoffnung)から
分離したもので,ロッジのマスターはイルミナーティのゲミンゲン(Otto von Gemmingen,1755-

1836)であった。「慈善」も「真の団結」もともに,やはりウィーンのイルミナーティの中心人物
のひとりであったゾンネンフェルス(Josef von Sonnenfels, 1733-1817)が主宰する地区を管轄
するロッジ「慈善のための団結」(Zur wohlta썥tigen Eintracht)の傘下にあった원。つまり,ボル
ンの「真の団結」も「慈善」も姉妹関係にあるロッジであり,「真の団結」のプロトコルにはモー
ツァルトがしばしば訪れていたことが記録されている웑。プロトコルからは,「真の団結」の運営に
イルミナーティがどのように影響していたのかは明らかではないが,少なくとも会員の 19%がイ
ルミナーティであった。ウィーンのイルミナーティはドイツのイルミナーティとは異なった独自
路線をとっていたものの,急進的な啓蒙的傾向を帯びていた웒。また,同ロッジでしばしば行われ
ていた演習ロッジ(Übungsloge)と呼ばれる研究発表は特徴的である。この取り組みは好評で,
演習ロッジには平均して約 80人の親方が参加していた웓。ボルンは自分のロッジをアカデミーの
ようにしようとしており,ロッジでの研究活動の成果は,講演や詩などとともに『フリーメイソ
ンのためのジャーナル』Journal fu썥r Freymaurer として刊行されている웋월。同誌に収録された論
文をみると,ロッジ「真の団結」は古代密儀研究に集中的に取り組んでいたことが分かる。本論
ではこうした密儀研究を『魔笛』解釈の手がかりとする。それによって明らかになるのは,ヤン・
アスマンも主張するように웋웋,後半の儀式の場面だけではなく,『魔笛』全体がひとつの参入儀礼
になっているということ,ただし,その参入儀礼は当時のウィーンのフリーメイソンの政治プロ
グラムを内包しつつも,それだけでは語り尽せない豊かさを包含しているということである。

1836)であった。「慈善」も「真の団結」もともに,やはりウィーンのイルミナーティの中心人物
のひとりであったゾンネンフェルス(Josef von Sonnenfels, 1733-1817)が主宰する地区を管轄
するロッジ「慈善のための団結」(Zur wohlta썥tigen Eintracht)の傘下にあった원。つまり,ボル
ンの「真の団結」も「慈善」も姉妹関係にあるロッジであり,「真の団結」のプロトコルにはモー
ツァルトがしばしば訪れていたことが記録されている웑。プロトコルからは,「真の団結」の運営に
イルミナーティがどのように影響していたのかは明らかではないが,少なくとも会員の 19%がイ
ルミナーティであった。ウィーンのイルミナーティはドイツのイルミナーティとは異なった独自
路線をとっていたものの,急進的な啓蒙的傾向を帯びていた웒。また,同ロッジでしばしば行われ
ていた演習ロッジ(Übungsloge)と呼ばれる研究発表は特徴的である。この取り組みは好評で,
演習ロッジには平均して約 80人の親方が参加していた웓。ボルンは自分のロッジをアカデミーの
ようにしようとしており,ロッジでの研究活動の成果は,講演や詩などとともに『フリーメイソ
ンのためのジャーナル』Journal fu썥r Freymaurer として刊行されている웋월。同誌に収録された論
文をみると,ロッジ「真の団結」は古代密儀研究に集中的に取り組んでいたことが分かる。本論
ではこうした密儀研究を『魔笛』解釈の手がかりとする。それによって明らかになるのは,ヤン・
アスマンも主張するように웋웋,後半の儀式の場面だけではなく,『魔笛』全体がひとつの参入儀礼
になっているということ,ただし,その参入儀礼は当時のウィーンのフリーメイソンの政治プロ
グラムを内包しつつも,それだけでは語り尽せない豊かさを包含しているということである。
1.ウィーンのフリーメイソンの密儀研究
序で述べたようにモーツァルトが出入りしていたロッジ「真の団結」には演習ロッジがあり,
古代の密儀宗教がしばしばテーマとして取り上げられた。ロッジのマスターであるイグナーツ・
フォン・ボルンの「エジプトの密儀について」웋워,アントン・クライルの「エレウシスの密儀につ
いて」웋웍,ラインホルトの「ヘブライの密儀について」웋웎など,古代密儀とフリーメイソンリーとの
関連が研究され,講演が行われ,論文として公刊された。
以下,ウィーンのフリーメイソンの古代密儀観を検討していくが,その際に,『魔笛』に明示さ
れている女神イシスのエジプトに囚われず,エレウシスの密儀についての論文も考察の対象に加
えたい。というのもローマの著述家アプレイウスの『黄金の驢馬』(123年ごろ)でイシスが語っ
ているように,イシスは時代と共に各地に広がり,さまざまな地方の女神と結び付けられている
からである。

ウィーンのフリーメイソン・ロッジ「真の団結」での古代密儀論に共通するのは,古代密儀の
構造が一般民衆向けの小密儀と,さらにその先の大密儀とに分かれているということである。さ
らにクライルの「エレウシスの密儀について」によれば,エレウシスの大密儀ではさらに秘儀伝
授は複数段階に分かれていて,開示される秘密は位階によって制限されていたという。『魔笛』で
は大密儀については簡略化して描かれており,一般の神官と大祭司ザラストロ,ないしはタミー
ノ,パミーナに開示されている秘密が同一なのかは明らかにされていない。
さて,大密儀の秘儀を伝授されるとどうなるのか。もちろん,密儀の内容については沈黙の誓
いがあり,推測の域を出ないということではあるが,ここで問題にしたいのは『魔笛』の時代の
フリーメイソンたちがそれについてどのようなイメージを抱いていたのかということである。ク
ライルのエレウシスの密儀の場合では,最も神聖なものに導き入れられ,偏見と迷信の覆いが取
り除かれ,最も純粋な光の中で真理を示されたとされる。そしてその真理とは,民衆の前では秘
密にしておかなければならない教えであったという。それは自然の根源としての唯一神の存在で
ある웋원。また,人間は神の元で幸せな不死を享受していた,この原存在(Urwesen)から離れ,肉体
という牢獄に閉じ込められることであらゆる苦悩を招いた,そこで厳格な徳と礼拝の実践により
肉体・感覚から脱しようと努めなければならない。これが密儀の目的だというのである웋웑。

また,密儀の目的については明確に触れられていないものの,ボルンの「エジプトの密儀」に
おいても,神官たちに開示される神概念は「あらゆる事物の始まり,神々の中の神,一にして原
存在」웋웒であるとされる。ボルンは神を自然の根源として,能産的自然として捉えている。この神
概念はケンブリッジプラトニストのカドワース(Ralph Cudworth, 1617-88)がその著書『宇
宙の真の知的システム』The True Intellectual System of the Universe(1678)でエジプトの秘
密神学に由来するものとして取り上げたものである。18世紀には「ヘン・カイ・パン」(一にして
全)という言葉と結び付けられて,カドワースはスピノザ復権として読まれていた可能性があ
るという웋웓。エジプトの宗教は多神教とされるが,当時のフリーメイソンのイメージでは既に述べ
http://hokuga.hgu.jp/dspace/bitstream/123456789/1698/1/KITAHARA.pdf

たように二重宗教だったのである。これはカドワースの主張と合致する。民衆には,自分たちを
超越する,目に見えない一なる神をイメージすることはできない。それゆえ民衆には任意の神々
を選ばせたのだという워월。また,民衆に輪廻思想を植えつけることで,生前の善悪と死後の報奨や
罰を結びつけ,彼らを善導しようとしたという워웋。そして,民衆に分からぬ聖なる言語に神官たち
の知識は隠されたのであり,これがヒエログリフであるとされる워워。なお,ヒエログリフの解明は
1822年のことであるが,ボルンは,民衆の使用する文字と似ているが別の文字としての神官文字
を想定していた워웍。
当時のフリーメイソンの古代密儀観は大まかにこのようなものであった。『魔笛』における密儀
もまたこうしたフリーメイソンの古代密儀イメージに規定されているのである。ただし,それは
構造に関わる部分のみで,大密儀で開示されるべき秘密までは取り入れられていないように思わ
れる。以下では『魔笛』の密儀を検討してみることにしよう。

2.魔笛における儀礼

http://hokuga.hgu.jp/dspace/bitstream/123456789/1698/1/KITAHARA.pdf

一般の民衆には「王の技法」(ko썥nigli-
che Kunst)に必要な知識が欠落しており,高貴な行為のために必要な性格を有しないとされてい
るからである웍웋。このことは民衆とエリートとでは開示される秘密が異なるという当時のフリー
メイソンたちの密儀観とも結びついている。民衆は真実に耐えられない,これが 18世紀後半の知
的エリートたちの意見である。そして,民衆には民衆に相応しい職分が与えられるのである。

http://hokuga.hgu.jp/dspace/bitstream/123456789/1698/1/KITAHARA.pdf

徳が高く,迷信に惑わされない為政者(王子とその妃)の人格形成を図るという『魔笛』の筋
書きは,イルミナーティのプログラムと矛盾するものではない。その意味で,『魔笛』の参入儀礼
に,イルミナーティの影響を受けた啓蒙主義的なフリーメイソンの影響を認めることは可能であ
ろう。それどころか,『魔笛』初演の舞台は,舞台画から判断するとザルツブルク郊外のアイゲン
の庭園にある「イルミナーティの洞窟」に酷似しており웎워,モーツァルト/シカネーダーが積極的
にイルミナーティ思想を暗示した可能性もある。
しかし『魔笛』には,必ずしもフリーメイソンリーやイルミナーティの結社の参入儀礼に取り
込みきれない要素として,それも大きな要素として,パミーナに代表される「愛」のテーマがあ
る。だが,それとても『魔笛』を人格形成の物語と読み解くならば,決して逸脱ではない。ゲー
テの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』を引き合いに出すまでもなく,人格の形成と理想
の伴侶を得ることとは常にセットになっていた。人間形成の物語で主人公が恋人と結ばれるとい
うのは,主人公がその恋愛に値する人間へと成長したことの証であり,タミーノもまたパミーナ
と結ばれることで,儀式を経て自らの人格を陶冶しパミーナにふさわしい人物となったこと,一
人前になったことを示している。
http://hokuga.hgu.jp/dspace/bitstream/123456789/1698/1/KITAHARA.pdf

 7月18日付本連載記事で、モーツァルトギャンブル依存症だったと紹介しました。そんなモーツァルトは、フリーメイソンの会員でもありました。そして、フリーメイソンの会合で出会ったメンバーにまで、借金の無心をしていたようです。
https://biz-journal.jp/2018/07/post_24208.html

 そんな時代ですから、教養があることが会員資格だったフリーメイソン会員の多くによってフランス革命はリードされ、そしてフリーメイソンの信条である“自由・博愛・平等”は、そのままフランス革命のテーマとなり、今もなおフランス国旗の3色は、この3つの信条を表しているのです。
フリーメイソンの儀式をオペラにしたモーツァルト

 さて、モーツァルトがウィーンに来た当時のオーストリア皇帝ヨーゼフ二世は、「啓蒙君主」と呼ばれていて、ついでにいえば彼もフリーメイソンの会員です。皇帝であっても、モーツァルトのような平民であっても、フリーメイソンの場では身分を気にせずに、「人間にとって一番大切なのは博愛だ」と語り合い、人間はみな自由で平等なのだと心をひとつにする。そんな場だったのです。
https://biz-journal.jp/2018/07/post_24208_2.html

  モーツァルトの最高傑作ともいわれているオペラ『魔笛』は、フリーメイソンそのものです。この作品は、王侯貴族でなく一般市民向けの劇場で上演されていたのですが、フリーメイソンの会合で行われる主要な儀式がいくつも取り入れられています。モーツァルトは『魔笛』の作曲後ほどなく亡くなったので、「秘密結社フリーメイソンの儀式を一般市民にまであからさまにしたから、モーツァルトは暗殺されたんだ」と、おもしろおかしく言う人もいますが、それはまったく違います。それならば、『魔笛』の台本を書き、作曲の依頼をした興行主のシカネーダこそ暗殺されるべきですが、彼は殺されていません。ちなみに、シカネーダもフリーメイソンの会員です。

 この歌劇には、大蛇は出てくる、小鳥をつかまえることを生業にしているご機嫌な男が嫁探しをする、夜の女王は派手に声を張り上げる、舞台には火や水の場面があるなど、今で言うと、ディズニーミュージカルのような賑やかさですが、これに極上の音楽をつけたモーツァルトは、やはり“大天才”です。一方で、それを見ながら時には大声で笑ったに違いない一般民衆たちにとって、フリーメイソンの内容はわからなくても、よく知られた存在だったのでしょう。

 その後、啓蒙思想とともにフリーメイソンは、王侯貴族や教会の権威を脅かす存在として縮小を余儀なくされますが、今でもウィーン市立博物館にはフリーメイソンに関する部屋があるくらい、“陰謀の秘密結社”という存在とは程遠く、ロータリークラブライオンズクラブのように、現在でもアッパークラス(上流階級)の社会的ステータスでもあります。
https://biz-journal.jp/2018/07/post_24208_3.html

  モーツァルトは『魔笛』を作曲する以前にも10曲近いフリーメイソンに関わった作品を書いています(最多で92曲という研究もあります。これは全作品の約15%にあたるとか)。11歳の時にフリーメイソンのテキストをもとに歌曲『歓喜に寄す An die Freude』K.53を作曲、さらに16歳の時にはフリーメイソンのあらゆる祭式の終りに手を取り合った結社のメンバーによって歌われる歌曲 『おお聖なる絆よ』 K.148を作曲しています(作曲年代には異説もあります)。

  モーツァルトは1784年12月14日に正式に入会式を受けています。父親レーオポルトも息子に誘われてその3ケ後に入会し、ヨーゼフ・ハイドンの入会もきっかけのひとつをモーツァルトが作ったとされています。モーツァルトフリーメイソン入会直後に作曲した弦楽四重奏曲の傑作ハ長調K.465『不協和音』をハイドンに献呈していますが、そのわずか2ケ月後にハイドンが入会しています。この曲の題名は混沌とした序奏部のアダージョに由来していて、序奏部に続いて主部に入ると一転して輝きと秩序に満ちたハ長調アレグロへと音楽が進行していきます。これこそ、フリーメイソンに入会することで混沌から秩序を体得した自らの体験を表わそうとしたという説もあり、ロマン派以降の作品には多くある発想とはいえ、この時代の音楽にはあまり例がないためこの説は卓見と言えるかもしれません。しかし、ハイドンが入会したことを過大視するのは危険です。ハイドンフリーメイソンのロッジが主宰する会には出席することはなく、また会のための曲を作曲することもなく、1年足らずで会員名簿から削除されているからです。

 モーツァルトが書いたフリーメイソンのための曲の中で最も知られた曲である「フリーメイソンのための葬送曲ハ短調 K.477 (479a) 」について簡単に触れておきます。私事ながら、およそ半世紀前に友人宅でフリーメイソンに関わるモーツァルトの曲だけを集めたLPレコード聴かせてもらい、「フリーメイソン」という言葉をこの時初めて知り、またこの曲がメインに据えられていたことを覚えています。モーツァルトフリーメイソンに入会した1784年12月14日のほぼ1年後の1785年11月15日頃にウィーンで作曲された曲で、フリーメイソンの重鎮であった「盟友メクレンブルクとエステルハージの死去に際して」書かれたものです。余談ですが、暗殺された米国の大統領候補ロバート・ケネディのために、ウィーンに客演していた指揮者オットー・クレンペラーウィーンフィルハーモニー管弦楽団を指揮してこの曲をプログラムの演目であったマーラー交響曲第9番の前に急遽演奏しています(1968年6月9日 ― 暗殺の2日後)。

 『魔笛』にはフリーメイソンの様々なシンボルが織り込まれていることはよく知られていることです。全曲にわたって【3】という数字に支配されています。「フリーメイソンの入会の儀式では目隠しされた志願者は扉を3回叩く」ということから、序曲の冒頭及び中間部で鳴らされる3回の和音、3人の侍女に3人の童子、3つの寺院に3つの扉、ピラミッドの三角形、祭司たちの審問会でのホルンが3回鳴らされる、『魔笛』の基本となる調号が♭3つの変ホ長調、等々。
 
 その他にも作品の中にフリーメイソンの儀式を想起させるシーンがいくつかあります。第1幕で気を失っていたパミーナが目覚めた後に、パパゲーノに対して「太陽はどの高さかしら?」と訊ねるとパパゲーノは「もうすぐ正午ですよ。」と答えるシーンがあり、ここでの暗示にモーツァルトの友人が理解しなかったことに腹が立ったとモーツァルトが語ったとされています。つまり、フリーメイソンの入信の試練は正午に始まり、その開始を宣言する前に何時かを尋ね、「正午です、尊師さま」と答えるという儀式に基づいているとされているからです。

 また、タミーノが寺院に入ろうとするシーン、試練の前にヴェールを被らされること、沈黙の試練や水、火の試練を受けるなどフリーメイソン入会の儀式を想起させることや、第2幕でのザラストロの「イシス」と「オリシス」を讃える歌にも明確なフリーメイソンの象徴が織り込まれています。さらに、タミーノ、パミーナ、パパゲーノの3人がそれぞれ気絶するシーンがあります。これもまたフリーメイソン入門の儀式を暗喩するものだという説もあります。

 ところが、全盛を極めていたフリーメイソンにも翳りが差し始めます。モーツァルトが入会した翌年の1785年12月11日、時のオーストリア皇帝ヨーゼフ2世は「フリーメイソン勅令」を発して、表面的には保護と正式承認を謳いながら、実質的には政治的な地下活動の温床となりうるフリーメイソンの活動の規制・監視の強化を行ないました。フリーメイソンは自らの専制君主体制にとって危険な思想と見做されつつあったのでした。4年後のフランス革命勃発(1789年)によりそれは決定的となっていきます。その後、フランス革命の首謀者たちとフリーメイソンとの関係が指摘されるようになり、1793年にはオーストリア皇女であったマリー・アントワネットが断頭台の露と消えます。これによってオーストリアにとって革命主義、反君主制は忌避されるべきものとなり、同時にフリーメイソンに対する風当たりも増していったのでした。

*ウィーンにおけるフリーメイソンの会員数は「勅令」前の1785年に約950人だったのが、「勅令」後の1786年には約360人に激減したとされています。1794年にはついにオーストリアフリーメイソン結社は消滅することになります。『魔笛』初演のわずか3年後のことです。

 まさにこうしたフリーメイソンが受難を受けている最中にモーツァルトの『魔笛』が作曲、上演されているのです。モーツァルトが生きた時代はフリーメイソン全盛期でとりわけ知識階級に広く浸透していたためモーツァルトも入会したと軽く書いている解説書がかなりあります。さらには、モーツァルトフリーメイソンとの深い関係を指摘して彼がその会員となって嬉々としてその思想を、自らの会員としての誇りを『魔笛』に盛り込んだという書かれ方が多くあります。そのあげく秘密をバラシタためにモーツァルトは毒殺されたという説まで飛び出しています(現在ではこの説は否定されています。なんといってももう1人の張本人であるシカネーダーは殺害されていないのですから。シカネーダーは一時フリーメイソンの会員だったことがあります。)。

 この勅令により統廃合されて新しくなったロッジの集会が翌月1986年1月にウィーンで開催され、そこでモーツァルトが年末に作った2つの合唱付き歌曲が歌われています(『親しき友よ、今日こそ』 K.483と「『汝ら、われらが新しき指導者よ』 K.484)。歌詞の内容は皇帝の善行を讃えることで皇帝にとってフリーメイソンは害のないものであることを声高に訴えるものでしたが、モーツァルトは何故かこの2曲を自分の作品目録に入れていません。体制に追従した自分を恥じたのか、この時期にフリーメイソンに関わった痕跡をなくそうとしたのかその理由はわかっていません。この時から『魔笛』を作曲する年までの約5年間、モーツァルトは明らかにフリーメイソンに関わると思われる曲を1曲も作曲していません。

 フリーメイソンに入会してわずか1年そこそこでモーツァルトが唯一貢献できる作曲という行為を封じてしまったのは「勅令」が出たからという簡単な理由では『魔笛』におけるフリーメイソンの活躍ぶりを説明することはできません。果たしてモーツァルトフリーメイソンそのものに心酔していたのだろうかという疑問が生じ、もしかしたら別の動機を持ってその中に入り、入会者と接触を持とうとしたのではないかという推測もありえるかもしれません。
https://www.asahi-net.or.jp/~wg6m-mykw/Essay_Mozart_Zauberflote09-Freemasonry.htm

https://note.com/kaorissima/n/ndf88c69b65cb

フリーメイソンと『魔笛
 フリーメイソンは直訳すると「自由な石工」で、14世紀イギリスでウィンザー城建設時に石工たちが自分たちの権益を守るために作った組合が起源とされています。18世紀になると貴族や知識人による科学技術や芸術などを保護推進する知性集団及び友愛団体に変貌してヨーロッパ中に広がります。モーツァルトは8つもあったウィーンの支部のひとつに加入します(1784年)。なお、ハイドンゲーテ、ワシントン、ジェファーソンなど当時の知識人、政治家など参加の度合いは様々ながら各地のフリーメイソン支部の一員でした。
 『魔笛』の初演と同時に出版された台本の初版の表紙にはフリーメイソンの古式による儀礼を示唆する口絵が印刷されているばかりか、歌詞にその儀式での言葉が次々に出てきたり、フリーメイソンの重要な儀式とされる3回のノックを模倣する「3つの和音」が何度も現われたりします。そのため、初演当初から人々はこのオペラをフリーメイソンと結びつけていました。シカネーダーとモーツァルトフリーメイソンの思想を込めようとこのオペラを書いたことは間違いないのですが、その理由や意図は諸説あるものの未だ定説はありません。儀式の内容は秘密であったため、それを明らかにしたモーツァルトフリーメイソンによって殺害されたという説もありますが、これも現在ではほぼ否定されています。

序曲
 曲の冒頭と中間部で奏される「3つの和音」はフリーメイソンの儀式に大きく関わるということは初演当時から言われていました。

https://www.asahi-net.or.jp/~wg6m-mykw/Library_Mozart_MagicFlute.htm

フリーメイスンリーとモーツァルト魔笛」ー現役フリーメイスンが語るその真実 単行本(ソフトカバー) – 2020/5/20
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フリーメイスンモーツァルト (講談社現代新書) 新書 – 1997/8/1
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